源平の争乱、その終盤を迎える屋島の合戦に向けて源義経の軍勢が阿波の勝浦(現在は小松島)に漂着し上陸した。 小松島では、義経が屋島に攻め入るまでの足取りを辿った十数キロの道のりを、義経ゆかりの地をつなぐ道とし、義経街道として案内板や標識を用意している。
義経らは、この中王寺で足並みを揃え戦略を練ったとされている。 その後、この付近から勝浦川を渡り、熊山城に攻め入ったと伝えられているそうだ。
中王寺の本堂の鯱と、そのとなりに小さな植物(木?)が生えていた。
近頃は日本瓦の屋根の家屋もめっきり見なくなってきました。
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